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浦和地方裁判所 昭和53年(行ウ)16号 判決 1982年8月27日

原告 鈴木功

被告 吉川町長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告が昭和五二年一二月一日原告に対してした懲戒免職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は埼玉県北葛飾郡吉川町に勤務する地方公務員で、昭和五〇年一二月当時同町建設課長兼区画整理事務所長の地位にあり、同町施工の道路、橋梁の新設、維持、修繕工事の設計、監督事務、及び、土地区画整理事業に伴なう街路、区画道路、下水路、公園、広場等の調査、設計、施工、管理事務を掌理しており、昭和五一年一一月一日から機構改革後の区画整理課長として同一事務を担当していた。

2  被告は昭和五二年一二月一日付で原告に対し、原告が「同年一一月二九日業者より現金を受取った容疑で逮捕され、‥‥これは地方公務員法第三〇条服務の根本基準並びに第三三条信用失墜行為の禁止、違反であり、‥‥地方公務員法第二九条第一項第一号及び第三号の規定により懲戒処分として免職する。」旨の処分(以下「本件処分」または「本件懲戒免職処分」という。)をし、その処分書(甲第三号証)、処分理由説明書(甲第六号証)を交付した。そこで、原告はこれに対し、同年一二月一三日吉川町公平委員会に本件処分の取消を求めて不服申立をし、同公平委員会が審理の結果昭和五三年七月二四日本件処分を承認する旨の裁決をした。

3  本件処分には次の点で裁量権を濫用した違法があり、取消を免れない。

(一) 地方公務員法二九条による懲戒処分を行うには、同条二項でその手続及び効果につき条例で定めることを義務づけているのに吉川町にはその条例がなく、したがつて、本件処分はその条例によることなく被告の恣意によつて行なわれた。

(二) 本件処分は、原告が収賄容疑で逮捕されたことを理由とするところ、原告は有罪判決の確定までは無罪の推定を受け、従前の公務員一般について行なわれている起訴休職、有罪判決確定後の懲戒処分という慣行にも反している。また、本件処分理由の追加、変更ことに処分後の事情を理由とすることは許されるべきではない。

(三) 原告は岡田土木有限会社(以下「岡田土木」という。)の代表者岡田義男(以下「岡田」という。)から、電気毛布はともかく、現金三〇万円を収賄の意思で受領したことがなく、約二年後に家宅捜索を受け、天袋から電気毛布入の紙箱が発見された際始めて現金三〇万円が紙箱内に入つていたことを知つた。すなわち、

(1) 現金三〇万円は外からは直ちに発見できない状況にあつた。

(2) 原告は自ら紙箱の内容を確認しなかつたので現金の存在を知らず、社交儀礼品として受領し、収納していたのにすぎない。但し、原告の妻が内容を確認したが報告を受けていない。

(3) 原告が吉川町公平委員会の審理の際述べた品物に関する事情とそれ以前に述べたこととの間に何ら齟齬がない。

(4) 原告の部下職員であつた小林勝(以下「小林」という。)が昭和五二年一〇月二〇日公金横領容疑で、会田栄次(以下「会田」という。)が同年同月二九日収賄容疑で、各逮捕され、原告が同年一一月二日右職員の監督責任を問われて懲戒処分として二〇日間の停職処分を受け、同年同月二二日部下職員の平井和夫(以下「平井」という。)が収賄容疑で逮捕され、各容疑事実はいずれも本件と同じころのものであることは被告主張のとおりである。しかし、そうであるからといつて、直ちに原告の考え方が腐敗堕落していたものといえるものではない。ちなみに、被告のいう昭和五〇年一二月ころ岡田から土の交付を受けた件は、原告が岡田土木から畑用の土として二トン車一〇台分を買い受け、その代金を請求してくれるよう求めていたが、岡田がその代金請求をしなかつたので、原告はその後間もなく岡田に対し、その時価を金三万円相当と見積り、それに相応する花瓶を贈つたものである。

(5) 原告が被告から犯罪を犯していなければ退職願を出すには及ばない旨言われたことはない。また、原告が退職願を作成し提出した趣旨は、警察官から、「地位、名誉を捨て裸になり人間として供述せよ。」といわれて作成提出したものであり、真意に基づいて退職する趣旨でもなければ収賄事実を自認した結果でもない。

(6) 家宅捜索の結果現金三〇万円及び電気毛布が発見されたが、このことから直ちに原告の収賄の故意が認定できるわけではない。すなわち、

(イ) もし、原告が現金三〇万円を収受したとの認識があれば前記(4)のような部下職員の各逮捕のころ処分してしまつた筈であり、それを放置していたことは原告にその認識がなかつたことを裏付けるものである。

(ロ) 押収された現金三〇万円は、すべて昭和五〇年一一月以前に発行された紙幣であることがその後の警察の捜査の結果明らかとなつたが、原告がもし偽装工作したものとすると、三〇枚もの一万円札をすべて二年前のもので揃えたことになるところ、素人である原告にそれは至難の業であつて、全くそのようなことをしたことはない。

(7) 原告は刑事事件の取調べに際し現金三〇万円の収賄については終始否認しているのであり、逮捕勾留期間一四日で釈放されたことは犯罪が成立しなかつたことを意味し、不起訴理由もその点にある。

(8) 岡田が原告に対する贈賄容疑で有罪判決を受け確定したが、その起訴事実には電気毛布だけ入つており、本件で争つている現金三〇万円については入つていない。また、現金についても贈賄が成立したとしても、岡田の側からみて片面的に成立しただけで、原告の収賄の成否に直接の影響を及ぼすものではない。

(四) 公務員の懲戒処分は、事案の性質、内容、程度などのほか被処分者の職務内容、勤務成績、改悛の情などをも考慮し、社会通念上相当とみられる内容、程度の懲戒処分を行うべきであり、その限度を著しく越える場合には裁量権の濫用として違法となるものというべきところ、本件処分は前記諸事情からみて社会通念上著しく不相当で裁量権の濫用にあたり、違法である。

4  よつて、原告は被告に対し、本件懲戒免職処分の取消を求める。

二  原告の請求原因に対する被告の答弁

1  原告の請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は争う。

(一) 同(一)の事実は争う。実質的にみて、本件処分文書を原告に交付しているばかりでなく、公平委員会の審査で原告の不服は十分に審理されている。

(二) 同(二)の事実は争う。但し、本件処分理由書の記載によると本件処分理由が原告の逮捕のみを掲げていることは認める。懲戒処分理由は処分後口頭弁論終結時までの理由を追加変更することができるものと解すべきであるところ、本件処分理由として、「原告が昭和五〇年一二月下旬ころ原告方で岡田土木代表者岡田から前記一の原告担当職務である各種工事発注等につき、岡田土木のため便宜的な取計らいをすることを依頼され、その謝礼の趣旨で、現金三〇万円及び電気毛布一枚(時価約金七、〇〇〇円相当)を収受して、収賄した。」との事実を追加する。

(三) 同(三)の事実は争う。右追加理由の事実は、次の事実から推認できる。

(1) 岡田が原告に渡した際の品物の状態は、電気毛布の上に現金三〇万円を入れたのし袋を置き、これを紙箱(電気毛布の表示はない)に入れ、一枚の包装紙で包装してあり、箱を開ければ直ちに現金入のし袋を発見できる状況にあつた。したがつて、原告はその内容が何か紙箱を開いて確かめ、その際現金三〇万円の存在を知つたものとみるのが自然である。

(2) 原告の妻がその内容を確かめるため紙箱を開いた際原告もその場に居り、妻から現金及び額についても報告されて確認し、妻が岡田にその札を述べている。

(3) 原告が吉川町公平委員会の審理の際直接受取つたのは妻で原告は不在であつたと弁解しているが、それは真実に反し、一貫性もない。

(4) 原告の収賄に対する考え方が腐敗堕落していたことは、原告主張(三)(4)のような部下職員の同種収賄の事実からも裏付けられるばかりでなく、原告はその後である昭和五〇年一二月ころ岡田から庭用土として小型車(二トン車)で一〇台分の土を収賄していることからも窺える。

(5) 被告は原告が逮捕される直前原告から事情を聴いたところ、収賄事実を否認していたが、辞表を出したい旨述べるので、収賄していなければ辞表の提出の必要はない旨述べておいたところ、原告は同年一一月二九日付で警察署で退職願(乙第一号証)を作成の上、電話でこれを取りに来るよう連絡があり、吉川町職員がそれを原告から交付を受け、被告に提出した。これは、収賄の事実を自白したことを推認させる。

(6) 警察が昭和五二年一一月二九日原告宅を捜索の結果天袋の中から、前記(1)のような状態で入つていた現金及び電気毛布入り紙箱が発見された。

(7) 被告が同年同月三〇日吉川町職員を埼玉県警本部、吉川警察署に派遣し捜査官から事情を調査させたところ、捜査状況から判断して原告が現金三〇万円及び電気毛布を収賄した事実に間違いがないとの回答をえた。また、その後担当検察官から起訴猶予処分の理由を聞いたところ、収賄の事実は認定できるが、本件処分によりすでに社会的制裁を受けているためであるという。

(8) 岡田は原告に対する前記贈賄で起訴され有罪判決が確定している。

(四) 公務員の懲戒処分は、懲戒の対象行為の性質、内容、程度などのほか、それが公務員の品位保持、根本基準に背反する程度、内容を考慮し、職場内の秩序を保持するのに必要な限度から、懲戒の種類、程度を選択するのであるから、被処分者の日頃の勤務状況、職務内容などを熟知する処分権者が自由にこれを裁量し決定することができるものと解されるべきである。本件において、前記のように、原告が職務上の便宜を供与する趣旨で岡田から現金三〇万円及び電気毛布を収賄したことは、地方公務員法三三条の信用失墜行為にあたり、同法三〇条の服務の根本基準に反するもので、それを放置することは職場秩序の保持をも困難ならしめ、原告が区画整理課長という重要な職務を担当するのに、日頃前記のような腐敗堕落した考え方を抱きながら右非違行為をしたことからみると、原告の懲戒免職は相当であり、決してその裁量権を濫用した違法があるとはいえないものである。

4  よつて、原告本訴請求は失当として棄却されるべきである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告の請求原因1の事実(原告の地位、職務内容)は当事者間に争いがない。

二  同2の事実(本件処分及び裁決)は当事者間に争いがない。

三  原告は、本件処分には裁量権を濫用した違法があり取消を免れないという。

1  条例のない点について

吉川町に地方公務員法二九条に基づく懲戒手続を定めた条例が本件処分当時なかつたことは成立に争いのない甲第二八号証(鈴木康之の証人尋問調書)、被告本人尋問の結果を総合すると認められる。しかし、一般に同法に基づく条例で制定される手続内容は、その性質上国家公務員の場合の「職員の懲戒」(昭和二七年五月二三日人事院規則一二―〇)に定めた事項すなわち「懲戒処分は、職員に文書を交付して行わなければならない」(同五条一項)など処分の告知聴聞の具体的方法を規定することが多く、それは条例が存在しなくても他の関係諸法規より類推されるところであるから、条例が存在しないからといつて、直ちに処分が無効となるものではなく、当該の場合に実質上告知聴聞の権利を侵害しない手続がなされたかどうかにかかつている。ところで、本件では、被告が原告に対し本件処分につきその処分書、処分理由説明書を交付したこと、被告が本件処分前に本件処分をするにつき原告の意見を聞き弁解及び反証の機会を与えなかつたが、原告が直ちに本件処分につき吉川町公平委員会に不服申立をし、同公平委員会において原告の不服理由につき審理されたことは当事者間に争いがない。したがつて、文書交付については本件処分後直ちに告知に際し交付され、聴聞については事後的ではあるが公平委員会の不服審査手続により行われているから、この手続上の瑕疵がなく、それが本件処分の裁量権の濫用を来たす理由となるものとはいえない。

2  処分理由とその追加

(一)  本件処分理由は何かについてみるのに、成立に争いのない甲第六号証(本件処分理由説明書)によると、原告が「昭和五二年一一月二九日業者より現金を受取つた容疑で逮捕されたことは地方公務員法三〇条、三三条に違反する」ので同法二九条一項一、三号により懲戒免職する旨記載されていることが認められ、右記載文言形式からみると、原告が収賄容疑で「逮捕された」ことを理由とし、原告が収賄した事実は右処分説明書上は直接の理由となつていないとみられる。そして、本件処分が逮捕の二日後にされたことが当事者間に争いがないことをも合わせ考えると、被告は右逮捕を主要な処分理由としたものと解される。

(二)  しかし、他方において、各成立に争いのない甲第七ないし第一六号証、乙第三号証、証人平井八平の証言、原告、被告各本人尋問の結果を総合すると、原告の不服申立により開かれた吉川町公平委員会における審理では、逮捕の事実ばかりでなく、さらに、処分理由説明書中に抽象的に記載された原告が「業者より現金を受取つた容疑」の具体的特定につき、被告において後記(三)のように主張し、原告がこれにつき反論し反証を挙げる機会が与えられ、裁決にはこの点の判断も示されていることが認められる。

(三)  ところで、被告は本訴において、本件処分理由として、「原告が昭和五〇年一二月下旬ころ原告方で岡田土木代表者岡田から前記一の原告担当職務である各種工事発注等につき、岡田土木のため便宜的な取計らいをすることを依頼され、その謝礼の趣旨で、現金三〇万円及び電気毛布一枚(時価約七、〇〇〇円相当)を収受して、収賄した。」との事実を追加主張する。

懲戒免職の処分理由説明書の記載文言では、被処分者が収賄容疑で逮捕されたことを処分理由とするように読める場合でも、その書面中に「業者より現金を受取つた容疑」と記載され、抽象的ではあるが被処分者の収賄事実がその基礎となる事実であることが明記されており、さらに、被処分者の不服申立により開かれた公平委員会が審理にあたり、その具体的な事実を特定の上被処分者にその事実についても主張立証の機会を与え、裁決にその事実の判断も示しているときは、処分権者が後続の訴訟で従前と同一の被処分者の収賄に関する具体的事実を懲戒免職の理由として追加し主張することが許されるものと解するのが相当である。思うに、懲戒免職処分理由は原則として処分理由説明書の記載に拘束されると解すべきであるが、その範囲は結論的な評価部分に限定されず、抽象的にではあるが法的に構成する以前の社会的事実の記載があるときはこれに包含されるすべての事実に及び、これを具体的に特定する限度では処分の同一性が失われるものではなく、また、その抽象的な記載事実を具体的に特定しないかぎりその処分の評価すなわち結論の適否を適正に判断することができない。さらに、公平委員会の審理で事実上その具体的な事実が明らかにされ、その存否につき被処分者に主張立証の機会が与えられ、その事実についても裁決理由中に判断が示されている場合、その具体的事実についてもまた公平委員会の不服審査を経ているものとみなすべきだからである。

本件において、被告の前記本件処分理由の追加主張は右説示の点からみて適法で許されるものということができる。

3  処分が時期尚早であるかについて

被告が原告の逮捕の二日後に本件処分をしたもので、起訴休職、有罪判決確定後の処分という慣行に反し時機尚早である旨の原告主張についてみるのに、前記のように、本件処分理由の追加主張が許される以上、その追加理由が肯認されれば、本件処分は何ら時機尚早でもなく、起訴休職、有罪判決確定などの慣行に従わなくても、これをもつて裁量権濫用とすることはできないから、右原告主張は失当に帰する。

4  そこで、被告の前記本件処分の追加理由(収賄)事実が認められるかについて検討する。

(一)  前出甲第二八号証、各成立に争いのない甲第四、第五、第一〇、第二九(原本の存在も争いがない。但し、一部認定に反する部分を除く。)号証、乙第一、第三、第四ないし第六(各原本の存在も争いがない。)号証、証人岡田義男、同水上邦喜代、同平井八平の各証言、原告(但し、一部認定に反する部分を除く。)、被告各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 後記(8)のように岡田が昭和五〇年一二月一八日原告に対し贈賄し、職務上便宜供与を受けたい趣旨を述べて品物を渡したが、その際の品物の状態は、現金三〇万円(一万円札三〇枚)をのし袋に入れ、表に「御礼岡田」と記載し、こののし袋を、電気毛布一枚(時価約金七、〇〇〇円相当)を折り畳んだ上に置き、これらを、紙箱(縦約四〇センチメートル、横約五〇センチメートル、厚さ約一五センチメートル)に入れ、上箱で蓋をし、有合せの包装紙一枚で包み、のし紙を掛けており、これを外側から見た場合内容物を知る手掛りは全くなかつた。

(2) 原告は岡田が原告の前記一の職務である各種工事発注等につき岡田土木のため便宜取扱いを受けたい旨依頼しその謝礼として提供されたものであることを了承して右品物を受取った。実際には、原告の妻が受取り、岡田が約二〇分か三〇分後に帰宅した後即日原告と妻がその紙箱を開き、その内容を確かめた。

(3) 原告が吉川町公平委員会の審理の際直接受取つたのは妻であり原告は当時不在であつた旨述べたので、公平委員会では、情状を酌量し依願退職を承認して越谷コミュニティーセンターに再就職を斡施する旨の和解案を提示し実現に努力していたが、その後原告の右供述が虚偽であることが判明したため、右和解を打切った。

(4) 当時原告の職場内では綱紀が緩んだ状態にあり、ほぼ同時期の犯罪により、各部下職員である小林が昭和五二年一〇月二〇日横領容疑、会田が同年同月二九日収賄容疑、平井が同年一一月二二日収賄容疑で各逮捕の上起訴され有罪判決が確定し、小林が依願退職、会田、平井が懲戒免職処分を受けており、原告は同年一一月二日これら部下職員の監督責任を問われて停職二〇日の懲戒処分を受けている。なお、事後の事情ではあるが、原告は、昭和五〇年一二月ころ岡田に対し畑土の贈賄を求め、岡田からそのころ畑土を二トン車で一〇台分収受し、昭和五二年一一月ころ岡田から職務上の便宜を供与する趣旨で精米三〇キログラム(二斗入)を収受し(その際現金入封筒は返した。)、関係業者より盆暮の贈り物を受取り、このような回数(品物)が一五ないし二〇回あつた(この点は、原告もその授受を認め、趣旨を争つている。)。

(5) 被告が原告に対し右(4)の停職処分を言渡した際原告自身犯罪を犯したことがないか確かめたところこれを否定していた。しかし、原告が収賄容疑で逮捕されたとき、辞表を出したいと述べたので、被告は原告に対し、収賄していないならば辞表まで出すには及ばない旨返答した。しかるに、原告は同年一一月二九日警察署内で退職願(乙第一号証)を作成の上、吉川町職員に取りに来てくれるよう電話で連絡し、取りに行つた職員の手を経て被告に右退職願が提出された。

(6) 警察が昭和五二年一一月二九日原告宅を家宅捜索の結果、二階子供部屋の天袋(原告は通常そこに贈答品を収納していた。)の中から、ほぼ前記(1)と同様の状態で入つていた現金三〇万円、電気毛布が発見された。

(7) 被告が同年同月三〇日吉川町職員を埼玉県警本部、及び、吉川警察署に派遣し捜査官から事情を聴取させたところ、当時の捜査状況からみて原告が現金三〇万円及び電気毛布を収賄した事実に間違いがない旨の回答をえた。原告は捜査段階での取調べに対し、電気毛布を職務上便宜を供与する目的で収賄したことは認めたが、現金三〇万円は気付かなかつた旨述べ犯意を否認していた。しかし、吉川町公平委員会が審理にあたり担当検事から聴取した事実によると、現金三〇万円についてもまた収賄の事実が認定できるが、原告は本件処分によりすでに社会的に制裁を受けているため起訴猶予としたものであるという(もつとも、原告は勾留更新後昭和五二年一二月一二日に処分保留のまま釈放された。)。

(8) 岡田は岡田土木の代表取締役で、岡田土木が吉川町から高額の土木建設工事を請負うことができるよう原告に陳情したが果さず、何らか特段の方法によるほかないと考え、その機会をうかがつていたが、昭和五〇年一二月下旬ころ株式会社常陽銀行越谷支店員水上邦喜代(原告の妻幸子の妹博子の夫)が岡田土木を訪ね商談をすませた後、帰りに原告方に立寄ることを聞き及び、この機会に水上を利用して同人の口添えで原告を訪問し、吉川町施工土木工事につき便宜取計らいを受けるべく働きかけようとした。しかし、岡田は、従前の原告の態度からみて手みやげがないかぎり断られるものと考え、また、業者仲間の話では、原告がよく名倉建設に高額発注の取扱いをしているのは、同会社が原告に多額の贈賄をしているためであると聞き及び、贈賄を決意した。そこで、岡田は前記日時に前記のように原告に現金三〇万円及び電気毛布を持参し、岡田土木のため各種工事発注等につき便宜的取計らいを受けたい旨依頼し、その謝礼として右現金等を贈賄した。岡田は右現金三〇万円も含め(乙第四号証)贈賄で起訴され、有罪判決(他の事実も合わせて懲役六月、執行猶予三年)が確定した。

以上のとおり認められる。

(二)  一部右認定に反する原告本人尋問の結果、甲第二九号証(別件の原告本人尋問調書)は、次の点からにわかに信用することができない。すなわち、

(1) 原告は箱の外形からは現金三〇万円が認識できないというが、贈賄の常套手段として外からは見えないが箱の蓋を開けば直ちに明確に認識できるようにすることが多いから、外形から現金の存在を認識できなくても、直ちにこのことから、原告がその現金の存在を知らなかつたとすることはできない。

(2) 原告は、自ら紙箱の内容を確認しなかつたので現金の存在を知らず、社交儀礼品として受領し、収納していたのにすぎないと弁解する。

しかし、まず、岡田からの贈り物は、社交儀礼品とはいえないので、原告としては、即時に受領を拒絶しなければならず、受領したとしても直ちに返却しなければならなかつたものである。公務員も社会生活を営む以上社交儀礼上の贈答を許されないものではないが、それにあたるかどうかは、職務関係の有無程度、身分関係、親疎、交際の程度などからみて人間関係を円滑に保つのに必要であるか、品物の種類、数量、相当金額ないし価値性などからみて社会一般に行なわれている程度内容であるかについて、良識をもつて判断すべきところ、本件では、原告は前記職務の行使いかんにより岡田土木に利益を供与できる地位、職務権限を有し、岡田もその職務上の便宜取扱の謝礼の趣旨で贈与し、岡田とは何ら個人的交際もないので、原告がその良識をもって判断するならば、直ちに、それが社交儀礼には属さず、賄賂であることが理解しえた筈であるから、即時にその受領を拒絶するか、受領した場合直ちに返却(たとえば、書留速達便などにより)しなければならないものである。しかるに、これを受領し収納した点ですでに弁解の余地がないといえる。

次に、原告はその内容を自ら確認しなかつたので、現金の存在を知らなかつたとの弁解についてみるのに、品物が賄賂である以上、価値の大小を問わずすべて岡田に返却すべきことは前記のとおりであり、何を返却したかを確認するため内容を調べるべきであり、その点で、返却の意思もなく内容確認をせず放置収納した旨述べる(原告本人尋問の結果)にいたつては、その非難性は強いものといわなければならない。そればかりでなく、原告の妻が内容を確認したことを自認するのでこの点を前提として考えてみても、本件処分の考慮上は、履行補助者である原告妻の内容確認(現金の存在の認識をも含む。)行為がある限り、これを原告の確認とみて差支えないし、また、事実上も、原告妻が直ちに原告に対しその内容が現金三〇万円及び電気毛布であることを報告し原告がこれを了知したものと推認するに難くないところである。したがつて、右原告の弁解も到底信用し難い。

(3) 原告は当初岡田から品物を受取つたのは妻でその時は不在であつたと述べ、後に妻と一緒に受取つた旨変更したこと前記認定のとおりであるが、この点原告は格別弁解しない。しかし、原告の右態度の変更は、犯罪否認の方便とはいえ、一貫しないもので不自然さがみられる。

(4) 事後の事情のうち、原告は、昭和五〇年一二月ころ岡田から畑土二トン車一〇台分を買受け、代金請求を求めたが、請求がなかつたので、時価に相応する花瓶を贈つた旨弁解する。しかし、右弁解のうち買受けた旨の事実を認めることのできる証拠がなく(花瓶を贈つたとしても)、その賄賂性を否定する資料に乏しく、右弁解は信用できない。

(5) 退職願の作成につき、警察官から「地位、名誉を捨て裸になり人間として供述せよ。」と言われ作成提出した旨述べるが、警察官の述べた趣旨は、収賄をしたことを自認して反省し責任を認めて退職してはどうかと勧めたものとみられ、原告もまた素直にその勧告に従い退職願を作成したものと理解するのが妥当で、原告のような重要な管理職の地位にあるものが、警察官から強く言われただけで分別心を失い非真意の意思表示をした趣旨であるとは到底信じ難いところである。

(6)(イ) 原告が家宅捜索を受け発見されるまで現金を天袋に入れ放置したことが現金収受の意思がないことを裏付けるものであるという。しかし、原告にとつてその天袋は、贈答品の収納場所で、そこに整理収納されていたものであつて、決して「放置」されていたものではないし、現金所在状況からみてそれが保管に著しく不適切であるとはみられない(いわゆるへそくり置場などより遙かに適切な場所である。)。他の職員が逮捕されたころ処分すべき筈のところ処分しなかつたとの点は、証拠湮滅を慫慂する議論で、すでに主張自体失当であるばかりでなく、原告が収受意思を争わない電気毛布についてもまた同様であるのに、これについてもまた処分しなかつたのであるから、現金を処分しなかつたこと自体から、現金の存在を認識しなかつたとするのは飛躍があり、そのような推論は相当ではない。

(ロ) 原告が一旦現金を費消した後収受意思否認の偽装工作をして収受した時と同様の状態に戻して置いたとの証拠はなく、そのような偽装工作は昭和五〇年以前発行の紙幣で揃えなければならないところ原告には不可能であるという。原告本人尋問の結果によると、原告が警察官から取調べを受けた際その点を執拗に追及され、捜査の結果その偽装工作の立証ができないとわかつた後に釈放されたので、その点に捜査の重点があつたのではないかと原告が考えていることが認められる。しかし、このような偽装工作の有無は原告の収賄立証にそれ程重要な意義をもつ間接事実ではないから、すでにこの点で原告の弁解はその前提を欠くばかりでなく、偽装工作であれば強いて昭和五〇年以前の紙幣による必要もない(紙幣発行年度の立証は殆んど不可能であるから)ので、右原告の弁解は失当である。

(7) 原告は、収賄罪で起訴されなかつた理由につき、収賄が成立しなかつたためであるというが、その失当であることは前記認定事実から明らかである。もつとも、原告本人尋問の結果によると、原告の妻は前記岡田から現金等受領後間もなく死亡したことが認められ、その点が捜査上の一つの障害となつたであろうとみることはできるけれども、前記各認定の事実からみると、それが収賄の成否を左右する程重大であつたとも考えられない。

(8) 原告は、岡田が贈賄で有罪判決が確定したとしても、片面的に成立しただけで原告の収賄の成否に関係がないという。しかし、前記各認定事実によると、贈賄の点からみても片面的に成立しただけであるとはいえないから、右弁解も失当である。

以上、いずれの点からみても、原告の各弁解はいずれも失当であるといわなければならない。

(三)  したがつて、前記(一)認定事実によると、原告は昭和五〇年一二月下旬ころ原告方で岡田土木代表者岡田から、前記一の原告担当職務である各種工事発注等につき、岡田土木のため便宜的な取計らいを依頼され、その謝礼の趣旨で、現金三〇万円及び電気毛布一枚(時価約金七、〇〇〇円相当)を収受して、収賄したものということができる。

この点の被告主張は理由がある。

5  地方公務員法違反の有無

右4(三)の事実(逮捕の事実を含む。)に基づき、被告が昭和五二年一二月一日原告に対し、この事実が地方公務員法三三条にいう「その職の信用を傷つけ‥‥職員の職全体の不名誉となるような行為」にあたり、同法三〇条の服務の根本基準(ことに「公共の利益のために勤務し」)に反するものと判断した被告の処置は、理由があるものということができる。

6  本件処分が裁量の範囲内かについて

(一)  被告が原告の前記収賄事実(及び逮捕事実)を同法二九条一項一、三号に該当するとして本件処分をしたと解すべきことは前記説示のとおりである。

(二)  地方公務員の懲戒処分は、国家公務員におけるのと同様に、地方公共団体の住民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することを本質的内容とする勤務関係において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁であって、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかの裁量権を有し、その裁量が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り違法となるものと解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和五二年一二月二〇日民集三一巻七号一一〇一頁参照。但し、国家公務員の事例)。

(三)  各成立に争いのない甲第二八号証、乙第二号証の一ないし六(但し書込部分を除く。)、被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

被告は吉川町職員を派遣して調査させまたは自ら調査した結果概略前記4(一)各認定の事実をほぼ認定し、その行為の原因が自己の職務である前記一の事務につき岡田土木に便宜を供与することにあり、これを動機として、公務員として最も戒むべき収賄行為を、自宅で現金三〇万円及び電気毛布を収受する方法で行い、その結果原告がその後岡田土木と職務上癒着した形跡(前記4(一)(4))があり、区画整理を掌理して遂行すべき地位にある原告が収賄したことは部下職員に与える影響が甚大であり、さらに、部下職員ばかりでなく原告まで逮捕され、著しくその秩序を乱すにいたつたと考えた。しかるに、原告は、退職願を出したものの反省の様子がなく、部下の収賄等犯罪行為を監督しなかつた責任として停職二〇日の懲戒処分に処せられており、それより重い処分としては懲戒免職処分以外になく、当時の社会一般の情勢、及び、吉川町住民のみならず埼玉県における一般の世論は即時懲戒免職を求めていたことなどの諸般の事情を考慮した。そこで、被告は原告に対し懲戒免職とするのもやむをえないとして、本件処分を決定した。以上のとおり認められる。

右事実のように当時すでに存在していた事情、前記認定の各事実(ことに、部下職員の収賄等とその処分内容、事後の事情ではあるが、原告が畑土の収賄など同種行為を繰返したことなど)、各説示(ことに原告の各弁解が失当であること)を総合考慮すると、被告が本件処分をした理由を首肯することができ、本件処分は被告の裁量の範囲内であり、その濫用がなく、適法であるものということができる。

この点の前記原告主張は失当である。

四  以上のとおりであるから、原告本訴請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木積夫 小林敬子 坂部利夫)

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